『テーマ・虹裏』 2007/5/25


<1>


「虹裏に行くんだ」
 僕はそう言ってを部屋の電気を消した。
「ないよ、そんなトコ」
 PCのスピーカーから諌める声がした。
 どこの誰かわからない、電子の向こう側から届く声。
「あるよ、あるんだよ」
 僕は窓を開ける。色とりどりの光が眩かった。
「虹だって裏があるんだ、僕にだって」
 そして僕は窓に飛び込む。声から逃げるように。
「虹はどこから見ても虹だよ。裏なんか無いよ。君がとし
あきになれないようにね」
 声は少し寂しそうだった。


<2>


「今……何時じゃ……」
 双葉の樹の根元に、力なく寄りかかる老人がいた。
 風薫る草原に見合わないみすぼらしい格好、薄汚れた顔。
 ホームレスと間違われても仕方が無いイデタチだった。
「定時スレは……どこじゃ……ここはどこじゃ……」
 ぬるま湯のような暖かい日差しが老人を射抜く。
「皆……どこにいったのじゃ……」
 老人の眼の先に、かつての仲間たちの幻影が草原の中を
駆けていく。
「わはー……むすー……あつし……皆去ってしもうた……
ひできは絵がうまくなってしもうた……」
 老人は涙を流して目を瞑った。
「としあき……としあきよ……おまえたち……」
 大きく息を吐く。それが老人の最後の呼吸だった。
「もう……寝なさい……」
 砂糖が溶けるように、老人はその生涯に幕を下ろした。
 双葉の樹枝が老人を抱くように揺れていた。
 時が経ち、一人の青年が老人の亡骸を見ている。
 懐かしむような瞳から涙が溢れていた。
「……誰、このジジィ」
 



 了



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